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昨日は雪だったのが、今日は朝から雨が降っていた。冷たい冬の雨の中で、ザール川沿いの葡萄畑は静かに濡れそぼり、畝の間の下草の緑が鮮やかに見えた。

 

「まるで4月の雨だね。」

マンフレッド・ロッホは窓の外を見やって言った。一家3世代が住む住宅の裏庭に増築中の試飲室の、内装途中で建材が剥きだしの状況は、2年前からほとんど変わっていない。ただ、その前に駐車されている四輪駆動車とメルセデスのワゴン-どちらもナンバープレートにロッホの最初の二文字LOがあった-が、ワインの順調な売れ行きを示していた。

本職は自動車整備工であったマンフレッドが、両親から1200㎡の葡萄畑とフーダー2樽、それに錆ついたトラクターと年代物の籠型圧搾機を譲り受けてワイン造りを始めたのは1992年のことであった。醸造学校へ通うことも無く、独学で最初に醸造したワインが思ったよりも美味しかったことが、ワイン造りにのめりこむきっかけになった。翌年にはビオ農法に転換。それから意図的に生産量を年々落とし、近年はほぼ30hl/ha前後に落ち着いている。畑面積は3haとクレメンス・ブッシュ醸造所の約3分の1だが、「これ以上広げることは考えないでもないけれど…う~ん、難しいなぁ」とマンフレッド。「そうなると、人を雇わなくちゃいけないし、お金もかかるし。今の規模なら、何から何まで自分で納得のいくように作業出来るけど。」

 

 

たしかに、彼のワインには一切手を抜かず、妥協せずに造った完成度の高さがある。ザールのリースリングならではのミネラルの味わいに、繊細で緻密な酸味がアクセントを添えた、中身の濃い果実味は、力強く直線的な印象を与える。濃厚ではあるが、ぽってりとした厚ぼったさは微塵も感じられない。辛口はもとより、甘口でも酸と濃厚なエキストラクトが効いている。例えば2005年産シュペートレーゼでは緻密で凝縮した柑橘系の甘みを上品な酸味が引き締め、98g/Literの残糖分を、感覚的にほぼ半分かと思わせるまでに抑えている。甘い筈なのに、甘くない。ガツンと来る柑橘の果実味の塊のようなワインであった。

 


「ザールの酸味は、自然に果実味のバランスをとるように出来ているんだ。例えば2003年は補酸を行うようにという農業指導所のアドヴァイスがあったけど、とんでもない。数値的には酸が低くても、飲んでみるとちゃんと酸があった。カリウムとのバランスが重要なんだよ。2005年は逆に減酸処理-石灰を用いる-が勧められたけど、このワインでもわかるように、そんな必要がどこにある?だけど、小規模醸造所の中にはお役所の指導に従う所も少なからずあった。瓶熟を経て味が落ち着く頃には完全にバランスを崩しているだろうね」とマンフレッド。「確かに昔は、酸が17~18g/Literもあり、減酸しなければとても飲めたものじゃない年もあった。しかし今は温暖化のお陰で、葡萄は毎年の様に早めに完熟して、酸も5g/Liter前後、多くて10gほど。これからも温暖化の傾向がすすめば、現在最上と言われる畑が暑さと乾燥で葡萄栽培が難しくなると同時に、葡萄の熟しにくい区画にある畑が、その価値を増してくるかもしれないね」

 

最近よく耳にするビオディナミについて聞いてみた。
「ビオディナミ?どちらかといえば懐疑的だな。月の影響は確かに植物の生態に大きな影響を与えている。これは学問的にも証明されていることだ。だけど…月どころか、はるか彼方の宇宙エネルギーの影響ねぇ。それとイラクサの煮汁を手作業で左に400回、右に600回だっけ?かき回すといいっていうのも、なんか眉唾ものだよ。私にとって大切なのは、何よりも結果。やった作業がきちんと結果を出すことで、現在行っているビオ農法で充分満足している」と、地に足の着いた答えが返ってきた。

では、自然酵母は?
「ニュートラルな香味の酵母は必要に応じて使うよ。でも、培養酵母を購入するまでもなく、自分で酵母を培養することも出来るんだよ。


収穫本番の前に、これはよさそうだ、と思う房を選りすぐって圧搾して、20リットル入りのグラスバルーンに入れる。それを4つか5つ造って、発酵の様子を見るんだ。発酵がとりわけ順調で、香りもいいもの選んで、それを最初の収穫の果汁の入ったタンクに加える。すると、既に活発に活動している酵母がスムーズに発酵を誘導してくれるんだ。そこから、翌日の収穫の果汁にも10リットルくらい移して加えてやると、これも順調に発酵が始まる。こうして畑独自の酵母から、自然に順調に発酵をすすめることが出来るんだ。」
 

「昔は自然酵母による発酵があたりまえだった。今、多くの醸造所で自然酵母発酵に懐疑的なのは、うまく発酵が進まない、自然酵母のみだと妙な香りがするといった問題からなんだけど、何故昔出来て今できないかというと、考えられるのは畑の農薬が自然酵母の大半を殺していることと、ケラーを塩素系洗剤で掃除して、これでもそこに住む微生物環境を破壊してしまったことだろう。


特に除草剤は、畑の土壌上層の10cm前後に住む微生物をほとんど死滅させる。健康な土は3~4mm前後の塊の集まりなんだ。これはバクテリアのせいなんだけど、除草剤で死んだ畑の土はほんのちょっとした雨でも表層土壌の流出を起こす。目立たなくてもね。
 

一握りの土には、全人類をあわせた人口よりも多くの微生物が生きていることを考えなくちゃ。ウチじゃ、農薬も洗剤も使っていない。ケラーの掃除は充分な量の水で充分だよ。」


マンフレッド・ロッホは地に足のついた、職人気質の完璧主義者である。彼がやっているのは特に目新しいことではない。それでも彼のワインが人によってはザールらしくないと言うほど個性的なのは、彼の畑のテロワールとともに、やはり才能と情熱に帰するよりほか無いのかもしれない。

ヴァインホフ・ヘレンベルク
Weinhof Herrenberg
Hauptstrasse 80-82
D54441 Schoden/ Saar
www.lochriesling.de
訪問直売:予約のみ

日本での取り扱い:京橋ワイン(フィラディス)

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