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昨日から時折ちらついていた雪が、アイフェルの森を白く染めていた。

殺風景だった褐色の冬景色が、穏やかな表情を見せている。つづれ折りになった道をモーゼルへと下り、小観光都市の賑わいを見せるツェルの町を抜け、僕たちの車はピュンダリッヒ村へと向かった。

 

 

 

クレメンス・ブッシュ醸造所はモーゼルの川沿いにあった。対岸に広がるピュンダリッヒャー・マリエンブルクの葡萄畑の上には、かつてのアウグスティヌス会女子修道院が見えた。

 

 

「今もカトリック教会の所有だけれど、ワインはもう造っていないの。レストランが営業しているけれど、あまり評判は良くないわね」と、試飲室の窓から見える修道院を眺めてリタ・ブッシュさん。オーナーで醸造家のクレメンス氏の奥さんだ。かつて修道院が所有していたマリエンブルクの畑を、現在彼女の醸造所が世話している。所有面積は9.7ha。「エコワインの醸造所には、これがせいいっぱい。これ以上手を広げる気はないわ」と言う。彼女の醸造所はエコヴァンに加盟している、いわゆるビオの造り手である。

リタ・ブッシュさん。

ご主人が1975年に18歳で父親の病気の為にワイン造りを始め、隣町ブライの醸造学校を出て1985年に正式に醸造所を継ぐと同時に、醸造所をビオに転換した。1985年といえば、ドイツ最初の全国的なエコワイン組織、ドイツエコワイン醸造所連盟ECOVINが設立された年だから、ドイツのビオの造り手でもかなり早くから取り組んでいたことになる。
 

「最初の頃はモーゼルの同じ問題意識を持っている醸造所と集まって、有機農法に必要なイラクサの煮汁とか、堆肥とか共同で造っていたの。"オイノス"っていう団体で、ギリシア語でワインの意味。80年代前半から活動している、ドイツのビオの草分け的存在ね。」


「昔はこの村は本当に貧しかった。トラクターも買えないから、よく道を二頭の牛に荷車を引かせて畑へ行く光景が見られたわ。うちの醸造所もワインだけじゃ食べていけないから、野菜の栽培や家畜の飼育もしていて、半ば自給自足の生活だったのよ」と、リタさん。「なぜ貧しかったかといえば、ワインが高く売れなかったから。ベルンカステルやトラーベン・トラーバッハはワイン商業の中心地で栄えていたし、その周囲の畑も有力なワイン商のお陰で知名度も高かったのに比べると、ピュンダリッヒの畑からとれるワインは、みんな大手醸造会社に納めていたから無名だったのね。その上、質を上げてももらえるお金には関係なかったから、量を沢山納めることしかみんなの頭にはなかった」

そんな状況の中でワインを造っていて、なぜビオに転換しようと思ったのだろうか。
「このあたりの水は汚染がひどくて、子供達に飲ませられないくらいだった。それに有機農法には昔から関心があった。庭仕事とか野菜畑を世話していても、除草剤や殺虫剤を使うのには抵抗感があったし、このままじゃいけない、という思いがあった」という。

 

彼女のご主人クレメンスがワイン造りを始めた70年代後半から80年代前半にかけては環境問題が政治的課題として重要になるとともに、ヒッピーがトレンディなライフスタイルだった頃だ。緑の党が創設された1980年、クレメンスは23歳。彼も機動隊の前でラブ&ピースを叫んでいたのだろうか。

醸造所のケラー。川沿いとは離れた住宅街の一角にある。

現在醸造所をビオに転換して22年目を迎え、リタとクレメンスはモーゼルはもとよりドイツでも最上のビオの生産者に数えられている(2007年にVDPに加盟)。野生酵母のみを用い、ワインの9割は自然に発酵が終わるまで辛抱強く待つ。時には10ヶ月発酵を続ける樽もあるという。そうして出来上がったワインは、なぜか残糖分12~24g/Literの、中辛口からファインヘルブに仕上がるそうだ。

「おそらく、畑とケラーに住んでいる酵母のせいね」

とリタ。収穫量を59hl/haに抑え、完熟したリースリングは2005年は最低でも86エクスレだったという。カビネットでも94エクスレ、香りにはアウスレーゼの気品を感じるが、しなやかな青リンゴの酸味が甘みをやさしく引き締め、決して厚ぼったくない。シュペートレーゼ辛口でアルコール度が13.5%もあっても、不思議なほどに軽やかでフルーティな印象を与える。

「たぶん発酵に充分な時間をかけているせい。酵母をせかせることはしないし、培養酵母も酵素も使わないから」と、リタ。
 

プンダリッヒャー・マリエンブルクの畑は単一畑だが、それをさらに細かく区画ごとに分けて醸造している。そしてそれぞれが、ハーブティーに似たスパイシーな香りを持っていたり、余韻のシーファーの柔らかな厚みが印象的だったりと個性的だ。マーケティングで味をデザインして大量生産された「コカコーラ・ワイン」の対極に位置づけることが出来る。

 

2006年夏から、ビオディナミにも取り組み始めたという。「主人が言うには、葡萄の葉の色がいっそう生き生きと輝いてきたって…気のせいじゃないかとも思うんだけど」と笑う。「でも、いい感触は持っているわ。この感覚って、以外に大事なのよね」

ビオであることを抜きにしても、注目に値する醸造所だと思う。


 

 

 

クレメンス・ブッシュ醸造所
Weingut Clemens Busch
Kirchstrasse 37
56862 Pünderich/ Mosel
www.clemens-busch.de/
訪問直売:予約のみ

日本での取り扱い:ラシーヌ(株)
 

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