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ベルンカステラ-・ドクトール

Bernkasteler Doctor

モーゼルで最も有名と言って良いこの畑がいつ開拓されたのかは定かではないが、史料に最初に現れるのは17世紀のことで、クラッツ・フォン・シャーフェンシュタイン家からトリアー選帝侯フィリップ・クリストフ・フォン・ゾーテルンへの譲渡証書がそれである。『ドクトール』の名称は1677年に初めて登場するのだが、畑の所有者であったゾーテルン選帝侯が、トリアーのイエズス会神学校で博士号を取得していたことにちなんだ命名であったようだ。

例の伝説は18世紀ごろに民衆の間で成立したものを、1837年にクリスチャン・フォン・シュトラムベルクがラインとモーゼルの伝説を含む郷土史を集成した全書に収録し、初めて活字化された。それを1900年にベルンカステルの市長であったペーター・ヴィルヘルム・クンツからドクトールの畑の一部を購入したコブレンツのワイン商ダインハート社が、自社のワインの宣伝に利用したことが、この伝説を世界的に有名にしたようである。

いまさらではあるが、一応伝説を紹介しよう。シュトラムベルクはごく簡単にふれているだけだが、いくつものバリエーションがある。きまって登場するのはトリアー選帝侯ベームント二世(在位 1354-1362)だ。ランズフート城にゆかりの深い歴史上実在する人物として、白羽の矢が立ったようだ。

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トリアー選帝侯ベームント二世は、あるとき高熱で病の床に伏せっていた。どんな薬も効き目がなく、ついには大司教としての勤めから身を引き、トリアーよりも閑静で平素から好んで滞在していたベルンカステルのランズフート城に引きこもり、静養することになった。しかし、容態は悪化する一方であった。

侯の病を治した者には、大金をとらせる。治療薬を持参した者は、すみやかに御前に通すように。そうおふれを出したものの、ほどなく誰ひとりとして訪れる者もなくなった。それもそのはず、選帝侯の侍医ほどの名医が手をつかねた病を、一体他に誰が治せるというのだろうか?もはや再び健康を取り戻すことはあるまい。侯自身、なかばあきらめかけていたとしても無理はなかった。

その頃、選帝侯が死の床にあるといううわさが、フンスリュックの居城で余生を送っていた老騎士クーノ・フォン・フーノルシュタインの耳に入った。「殿は鍵を手に握っておるというのに、それをどこに差し込んでいいかわからぬとみえる!殿のベルンカステルのワインほどの美酒は、この世に二つと無いではないか?この妙薬にして名医をもってしても殿の病を癒せぬのなら、悪魔に魂をくれてやるわい!」老騎士はかつて、スポンハイマーの戦いで選帝侯に命を救われたことがあった。恩返しの好機とばかりに、さっそくワインを満たした樽を荷台に乗せ、ベルンカステルへと馬を飛ばした。村を見下ろすランズフート城のある山の麓から、険しい山道を樽をかついで歩いて登った先では、城門で番兵が行く手を遮ったが、妙薬を持参したことを告げるとおもむろに城内へ通された。

選帝候は老騎士の来訪に少なからず驚き、来意を問うと、彼はこう答えた。
「殿が重い病に伏せり、いかなる医師も治せずにおると承っておりまするが、所領の御下賜をはじめとする数々の恩義に報いんが為、再び元のお体にするべく参上つかまつりましてございまする。」
そう言い終わると彼は、持参した樽から杯になみなみとワインを注ぎ、うやうやしく差し出した。候は老人の言うところの薬に口をつけたものかどうか、困惑した面持ちで杯を見やった。
「これまで薬という薬が効かなかったのだから、すでに死が定まったも同じ事。もうひとつ試してみても損はあるまい....。」
口に含むと、思いの外その薬は舌に心地よかった。一滴のこらず飲み干した杯を下げると、候の目に老騎士の笑顔が見えた。
「殿。この薬は殿の葡萄畑でとれたワインでございます。」
「何、余のワインとな。それではますます飲まねばなるまい!!」
ほどなくして、候の居室では盛大な酒盛りが始まった。酔いがすすむほどに高熱は候の意識から遠ざかり、そのまま落ちた眠りから翌日目を覚ますと、これまでになく爽快な気分であった。こうして、数週間ほどで候の病はすっかり快癒したのである。

その後、見事な妙薬として効能を発揮したワインを、選帝候は機会があるごとに「これが余の命を救った名医である」と賞賛したことから、くだんのワインはベルンカステラー・ドクトールと呼ばれるようになったということだ。


参考文献:
Daniel Deckers (hrsg.), Zur Lage des deutschen Weins. Spitzenlagen und Spitzenweine, Stuttgart 2003.
Karl Christoffel, Die Weinlagen der Mosel und ihre Namensherkunft, Trier 1979.
Christine und Dietmar Werner, Die schoensten Sagen vom deutschen Wein, Husum 1999.

 

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