German Wine Lover
トリッテンハイマー・アポテーケ
Trittenheimer Apotheke
モーゼル河はライヴェン村を過ぎたあたりで180度向きを変え、トリッテンハイム村へと続く。村の対岸に聳えるごつごつとした岩混じりの急斜面からノイマーゲンに向けて続く畑が、トリッテンハイマー・アポテーケである。アポテーケはドイツ語で薬局を意味するが、名前の由来は薬局とは関係がなく、古くはトリアーのベネディクト派修道院ザンクト・マティアスの所有であったことから『アプツベルクAbtsberg』もしくは『アプタイベルクAbteiberg』と呼ばれていたのが、『アポテーケApotheke』に変化したものではないかと言われている。しかし19世紀末に作成された葡萄畑の格付け地図にはアポテーケの名は見あたらないことから、20世紀に入ってからベルンカステラー・ドクトールにあやかって命名された可能性もあるが、定かではない。
トリアーの市立図書館には、1895年と1905年に出版された葡萄畑の地図が所蔵されている。
左が1895年、右が1905年のもの。
畑名は読みにくいが、付属の解説本によれば1905年の当時、トリッテンハイムにはある上等な畑としてあがっているのはラウレンティウスベルクLaurentiusberg, オルクOlk, パイルPeil, ファーFahr, ガルゲンベルクGalgenberg, ファルケンベルクFalkenbergの6つ。地図にはその他の畑名も記載されているが、アポテーケもアルターヒェンも見あたらない。ということは、現在トリッテンハイムを代表するこの二つの畑は、1905年以降に名付けられたとみてよさそうだ。
近年この畑では耕地整理が行われている。これによりは区画と農道の統合整備を行い農作業の効率化が図られるが、そのために合意をとりつけなければならない区画所有者は、代々にわたる遺産分配を通じた細分化で35haに300人あまりにのぼったという。耕地整理の過程では、売買や交換を通じて細分化されていた区画の整理がすすめられるとともに、アポテーケと同じ岸にありながらもアルターヒェンと名乗っていた15haあまりが、アポテーケに編入された。確かに土壌の組成も畑の向きも傾斜もおおむね共通しており、地元ではマーケティング上のメリットとして歓迎している。
トリッテンハイムの村と対岸にある畑の間は、1909年に橋が出来るまでは渡し船が唯一の渡河手段だった。両岸を結ぶザイルを伝って船が行き来していたのだが、その片方を固定していた岩はフェアフェルス-渡し船の岩-と呼ばれている。岩の周囲は耕地整理を免れ、1900年当時に植えられた古木から今も葡萄が収穫され、クリュセラート・ヴァイラー醸造所とクリュセラート・アイフェル醸造所の最上のワインとなっている。
それにしても、二つの地図を眺めていると興味深い。葡萄畑の他にも、1905年の地図には鉄道が新たに書き込まれている。1901年にトリアー=ブライ間に開通した鉄道は、モーゼルのワイン産業に少なからぬ影響を与え、モーゼル全域で葡萄畑は1895年から10年あまりで600ha増えたという。当時モーゼルはボルドーの一流シャトーとならぶ高値で売れ、1900年当時のワインリストでは、モーゼル下流ヴィニンゲンのリースリングの1.70ゴールドマルク(約6千円)に対し、シャトー・コス・デストゥネルが1.60ゴールドマルクであった例もあるという。
その好景気を背景に、高い収量の未熟な収穫をシャプタリゼーションでごまかした質の悪いワインも横行するようになったことを、地図と解説本の著者であるコッホは、モーゼルの名声を高めるのはあくまでも量ではなく質であることを警告している。そして、モーゼルの典型的な味わいについて、以下のように表現している。
『よいモーゼルは軽快な酸味がワインにフレッシュで冷涼で生き生きとした印象を与え、しかも力強く、豊かな酒躯とともに、他に真似することの出来ない、スパイシーで繊細かつマイルドなブーケを備えている。そのアルコール度はさほど高くはないが、それでいてなお酒らしく、気品がある。』(Friedrich Wilhelm Koch, Die Weine im Gebiete der Mosel und Saar, 2. Aufl., Trier 1904, S. 21)
彼がこの文章を書いて100年以上を経た今日も、モーゼルのリースリングの特徴は変わっておらず、低収量で質を追求したワインがその名声を高めていることもまた、同じであるように思われる。
参考文献:
Friedrich Wilhelm Koch, Die Weine im Gebiete der Mosel und Saar, 2. Aufl., Trier 1904
F.W. Koch/ Heinr. Stephanus, Weinbau-Karte der Gebiete von Mosel und Saar im Masstabe 1:60000, Trier 1897 (Stadtbibliothek Trier, Sign. Kt.3/103)
Ders., 2. Aufl., Trier 1905 (Stadtbibliothek Trier, Sign. Kt.3/104)
Joachim Krieger, Terassenkultur an der Untermosel, Neuwied 2003
Daniel Deckers (hrsg.), Zur Lage des deutschen Weins, Stuttgart 2003.
(Ich bdanke mich fuer die freundliche Aufnahmegenehmigung der Weinbau-Karte durch Stadtbibliothek Trier.)