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貧しい粉ひき

ザール川沿いのレーリンゲン-葡萄畑のある地域から少し離れた所で、町の背後の丘の上に中世の城塞跡がある-に伝わる話。


その昔レーリンゲンの川沿いに、水車小屋があった。
水車小屋には妻と子供と一緒に、貧しい粉ひきが住んでおった。きつい仕事で何かと不自由しておったが、それでも暮らしに満足して、困っている人を助けずにはおれない優しい心を持った男だった。もっとも、ひとつだけ、不満に思っていることがあった。一度でいいから、うまいワインを心ゆくまで飲んでみたい。男にはそれだけが不満であった。とはいうものの、あの貧しさではワインなど高値の花、夢のまた夢であった。

 


ある夜のこと。トントンと戸をたたく音がするので開けてみると、そこには見知らぬ貧しげな老人が立っておった。ちょうど夕食時で、テーブルにはパンとチーズが少々乗っているだけだったが、それでも老人はよほど腹がへっておったのだろう、物欲しげにじ~っとそれを見つめておった。粉ひきの家族はその様子を見て追い返す気にはなれず、小屋に招き入れてパンとチーズを分けあうことにした。

お祈りのあと、みなでそれを食べておると、老人は「すまんが、ワインを一口いただけませんかのう。」と言ったそうな。それを聞いた粉ひきは肩をすくめるばかり。ワインなんて贅沢品は、小屋には一滴もなかった。すると老人は「それは気の毒。いっしょに来なされ、ワインの有り余っている所を知っておるから。」と言う。「たいまつと水差しも持って来なされ。持ち帰るのに入り用になるじゃろ。」


そうして粉ひきと老人は暗闇の中、たいまつの灯りをたよりに山道を登っていくと、ほどなくして大きな鉄で出来た城門の前に出た。見知らぬ老人は勝手しったる様子で門を開けると、いつのまにやら二人は広大なお城の地下倉に立っておった。いくつもと知れぬ樽がどこまでも並ぶそれは見事な地下倉で、粉ひきは驚きのあまり言葉につまってあごがはずれたようじゃった。老人はかまわず最初の樽から味見すると、それは実にうまいワインであった。早速持ってきた水差しいっぱいにワインを満たして帰途についたのだが、また取りに戻ることができるよう、門にたいまつで印をつけておいたのは抜け目のないことであった。


二人は水車小屋に戻り、その夜は心ゆくまで飲み明かし、水差しのワインが空になる頃には皆深い眠りについた。翌朝粉ひきが目を覚ますと、どうしようもなくもう一度、前夜のワインが飲みたくなった。そこで再び、今度は朝日の中を同じ道を辿ったのだが、たいまつでつけたはずの印はおろか、城門も見つからぬ。大急ぎで小屋にとって返して老人に聞こうしたのだが、寝床はすでにもぬけの空。そうしてあの老人は二度と男の前に姿を現すことはなかった。貧しい粉ひきにはただ、夢とも現実ともつかぬ、あの素晴らしくうまかったワインの思い出だけが残されたのであった。

 


参考文献:Christine und Dietmar Werner, Die schönsten Sagen vom deutschen Wein, Husum 1999.

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