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欲張りな居酒屋

ある貧しい男が8人目の子供の洗礼を祝ったおり、名付け親や親戚が大勢祝福に訪れたので、この日のために樽にワインを用意していたのだが、それも間もなく底をつこうとしていた。男はいちばん年上の娘を近くに呼び寄せて言った。


「ケラーからワインを持ってきておくれ。」

 

しかしもうケラーにはワインが無いことを知っていた少女は、きょとんとして問い返した。

 

「お父さん、いったいどこのケラーのこと?」
「そうさな、丘の上の城にある騎士の酒蔵から取っておいで。」

 

父親は冗談のつもりで言ったのだが、素直な少女はそれを冗談とは思わず真に受け、水桶を持って町からほど近い、その昔赤ひげの皇帝バルバロッサが住んでいたというキフホイザーブルグの山道を登っていった。さほど探し回ることもなく、目指す酒蔵への入り口は簡単に見つかったのだが、その扉の脇には大きな鍵束のぶらさがった帯をしめた老婆が座っていた。

 

「騎士の酒蔵のワインが欲しいのじゃろ。」少女を見ると老婆は言った。
「はい。」少女はうつむいて答えた。「でも、うちは貧しくて、ワインを買うお金がないんです。」
「そんなこた、かまわんよ。」と老婆。「ただで持ってお行き。」

 

少女は老婆について暗く朽ちかけた通路を進むと、やがて左右にずらりと大樽の並んだ見事な酒蔵に着いた。ぼうぜんと立ちつくす少女の手から老婆は水桶を取りあげ、樽の一つからワインをなみなみと満たし、少女へと手渡して言った。


「祝い事でワインが入り用になったら、また来るがよかろう。じゃが、おまえとおまえのお父さんの他には、このことは誰にも言ってはならんぞ。ましてワインを売ってもならん。ただで手に入れたものは、ただで与えるのじゃ。よいな!」

 

そう言い終わるなり、老婆はかき消すように見えなくなった。

家に戻ると、誰もがその上等なワインを褒めた。お客は一体どこで手に入れたワインなのか知りたがったが、父娘は決して口にしなかった。別の祝い事の時も、少女は再び騎士の酒蔵からワインを持ち帰ったのだが、一人としてその出所を知る事が出来た者はいなかった。

ところが、ある時お客の中に町の居酒屋の主人がいた。彼はそのうまさに驚き、これほど上等なワインなら、少しぐらい水で薄めても充分売り物になるぞ、と考えた。そうして少女が次の祝い事の為にワインを取りに行く時、こっそりと跡をつけて行き、老婆に案内されて酒蔵へ入っていくのを見届けたのである。

 

「しめしめ、秘密を知ったからには、存分に利用するまでのことさ!」

 

居酒屋に水桶一つで足りる筈はなく、翌晩さっそく男は大きな酒樽を馬車で引いて山を登ったのだが、城のあたりで老婆をいくらさがしてもみつからない。そのかわりに突如として雷鳴がとどろき、猛烈な嵐が巻き起こった。上下左右から吹き付ける雨つぶての中で突然地面が裂けて崩れ落ち、男は酒樽と馬車もろとも城跡の地下納骨所へ転落し、意識を失った。

教会の鐘が真夜中を告げる音で男が目を覚ますと、目の前に音もなく一人の修道士が現れた。男は心臓が止まりそうなほどに驚き恐れたが、修道士は無言で彼を地上に連れ戻し、幾ばくかの金を握らせただけで、再び闇の中へ消えていった。

恐怖と疲労で弱り切り、足を引きずるようにして家にたどり着いた居酒屋の主人は、床につくとそれっきり二度と立ち上がることなく、三日後に息を引き取った。修道士が彼の手に握らせた金は、ちょうど男の葬式をまかなうだけの額であったという。

 

 


参考文献:Christine und Dietmar Werner, Die schoensten Sagen vom deutschen Wein, Husum 1999.

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