top of page

ツェルティンゲンの母樽

モーゼルのツェルティンゲン村の背後の葡萄畑の丘の上には、その昔マルティンスホフという修道院があった。

そこに住んでいた修道士達は、祈ることと賛美歌を歌うことの他にも、葡萄を育ててワインを作ることにも熱心であった。修道院は日当たりの良い急斜面の葡萄畑を所有しており、そのワインは近隣の村でもいちばんの出来との評判であったが、なかでも最上のワインは『母樽』と呼ばれる大樽に貯蔵され、修道院に親しいか、よほどの寄附をしなければありつけない伝説的なワインであった。

修道院の『母樽』のワインのうわさはトリアーの選帝侯フィリップの耳にも入り、彼はなんとしてもそれを飲んでみたいものだと思った。だが、代価はいくらかかってもよいから、小樽ひとつぶんを持ち帰るようにと使者に何度命じて送り出しても、一度として一瓶すら持ち帰ることが出来なかった。

しびれを切らした選帝侯は、巡察を理由に自ら修道院に出向き、その場でかの有名なワインを飲もうと企んだ。何と言っても、選帝候はトリアー大司教区の最高権力者である。直々に赴き所望したならば、断られることはまずあるまいと踏んだのだ。数日後、選帝候は大勢のお供を引き連れてくだんの修道院に現れた。壮麗な出で立ちで高位聖職者達と護衛を脇に従えた選帝候の前に、マルティンスホフの修道院長も深々と頭をさげて跪き、指輪にうやうやしく口づけをして恭順の意を表した。そこで選帝候はおもむろに口を開いた。

「親愛なる院長、そなたの修道院の評判は耳にしておる。こたびはそれをこの目で確かめるべく、直々に検分に参ったのであるが、まずは慣例通りに、余と余の従者に歓迎の杯を所望いたす。半日がかりの船旅で、余の喉もからからじゃ。」

院長は一礼して客人達を食堂へと導くと、修道士にケラーから水差し一杯のワインを取ってよこさせ、彼らの杯をワインで満たした。ほどなく、食堂は賑やかな笑い声で満たされ、それは常日頃静寂が支配している修道院に似つかわしくないほどの喧噪であった。訪問の目的がいまひとつ腑に落ちなかった院長は、彼らが一向に審問を始める様子もなく飲み騒いでいることに、今回の訪問の目的は巡察ではなく、ワインであることに感づいたのであった。院長はテーブルの賑わいを眺めつつひとりごちた。

「好きなだけ飲むがよかろう。だが、母樽からは一滴たりとも出しませんぞ。」と。


とっぷりと日も暮れたころ、客人達の騒ぎも一区切りつき、選帝候は赤ら顔で満足げに告げた。


「親愛なる院長よ、まことにあっぱれなワインであった!修道院が申し分なく運営されておることがよく分かった。そちがトリアーに来ることがあれば、余のワインでもてなそうぞ。もっとも、ツェルティンゲンの銘酒には及ばぬがの。」


院長は一礼し、悪戯っぽい笑みを浮かべて答えた。


「過分なるお褒めの言葉、かたじけなく存じまする。されど隠し立てした訳ではございませぬが、当院の母樽のワインは、本日差し上げたものとは比べものにならぬほど美味でございます。次回の真摯なる巡察まで、お楽しみになされませ。」

選帝候らの酔いもこの一言で、一気に醒めていったことであろう。


参考文献: Christine und Dietmar Werner, Die schoensten Sagen vom deutschen Wein, Husum 1999.

bottom of page