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1954年のクレーファー・ナックトアーシュのエティケット。Foto: Wikipedia, GFHund.

クレーファー・ナックトアーシュ

Kröver Nacktarsch

クレーファー・ナックトアーシュ。「クレーフ村の裸のお尻」という奇妙な畑の名前が何に由来するのか、定かではない。ある人は昔、葡萄が植えられる前の山のこんもりと盛り上がって何も生えていない様子がお尻のように見えたからだと言い、ある人はナックトは盛り上がった岩石を意味する古ドイツ語の"ヌックNuck"に由来し、アーシュは古語では茂みを意味していたと言う。あるいはラテン語の"Nectarius"かケルト語の"Nackas" -どちらも高い岸壁を意味する-に由来するという説もある。他にも二つの言い伝えが有名だ。

 

一つはクレーフの村の酒蔵番が、彼の樽から密かにワインを盗み飲んだ二人の少年を捕まえて、おしりを叩いて罰したことに由来するという話。これはしばしばエティケットにもなっていて、そのユーモラスな図柄故にこの畑名は有名となった。

 

もう一つの話はその昔、クレーフの葡萄農民は葡萄畑の領主であった修道院に収穫の大半を年貢として納めなければならなかった。年貢の一部は労役によって代替されることもあったが、ともあれ修道院は労賃として無料の食事を提供するとともに、年に一度だけ、夜明けから決まった長さのろうそくが燃え尽きるまで、修道院の所有する畑から葡萄を収穫して自分のものとしてよいことになっていた。当然のことながら、葡萄農民はいつものなまけぶりと違って、その日ばかりは見違えるように猛烈に熱心に働いた。その有様に大いに立腹した修道院の代官は、とある企みを思いついた。

 

その翌年、年に一度の葡萄農民に収穫が許される日、代官は生のまま水に漬けた豚肉を食料として与えた。水道の無い当時、生水といえば不衛生の代名詞のようなもので、とりわけ衛生事情の悪かった都市の住民はもっぱらビールかワインで喉を潤していたほどである。さて、その不衛生な豚肉は、代官の思惑通りてきめんに効果を現した。農民達はゴロゴロと鳴り続けるおなかのせいで、ひっきりなしに作業を中断し、用を足しに行かねばならなかった。そのうち、この腹具合が農民の一人が代官の豚肉のせいであることに気が付いた。まんまと罠にはまったことを知って頭に来た彼は、そうは問屋がおろさんぞとばかりにやおらズボンを脱いで上着をまくし上げ、お尻の用事をものともせずに、垂れ流しでひたすら葡萄を摘み続けた。この有様を見た代官は「裸の尻にはかなわんわい」と大笑いし、これが畑の名前そもそもの言われとなったそうな。

 

この他にもいくつかヴァリエーションがあるらしいが、キリが無いのでやめておく。

参考までに、ナックトアーシュは総面積約320haの集合畑(グロースラーゲ)で、クレーフとクレーフェニヒの二つの村の以下の単一畑から成る。

 

クレーフKröv:

ステッフェンスベルクSteffensberg (35ha)、レッターライLetterlay (40ha)、キルヒライKirchlay (70ha)、パラディースParadies (160ha)

 

クレーフェニヒKrövenig:

ブルクライBurglayとヘレンベルクHerrenberg、約20ha。

 

また、1868年のモーゼルの格付け地図にはクレーフにはステッフェンスベルクSteffensbergとハイスライHeislaiという畑名のみが記載されている。

 

 

 

参考文献:Christine und Dietmar Werner, Die schoensten Sagen vom deutschen Wein, Husum 1999.

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