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バラとワインと葡萄畑

ローゼンゲルチェン(小さなバラ園)という畑名は、モーゼルに14あるローゼンベルクという畑名に最も多いバリエーションである。その他、ローゼンライ(リーザー)、ロゼンハング(コッヘム近郊のグロースラーゲ)という畑名もある。

バラにちなむ畑名が多いのには理由がある。ひとつにはその人を惹き付けて止まない、芳醇な香りを予感させる名がワインを一層引き立てることがあげられる。しかしその本来の意味は、ケルト語由来のロスross(もしくはrost)で、そびえ立つ丘を意味するローゼンrosenの小指形である。また、太古に遡るバラと葡萄の神秘的関係に由来するという説もあり、エピソードには事欠かない。葡萄からはディオニソス的神話のワインと血の象徴関係や、キリスト教の聖餐が、バラからは古代の愛のシンボルであることとともに、マリア崇拝におけるバラの神秘的な意味が思い出される。ワインとバラの相互関係はまた、太陽、色、香りに酔いしれる喜びという共通点に端を発するものであるのかもしれない。


バラは愛の象徴であり、酒の神に捧げられた聖なる植物でもあったから、古代の酒盛りでは参加者や酒器を葡萄の
蔓や蔦とともにバラで飾った。13世紀の放浪学生の歌集カルミナ・ブラーナの204番では、1節から3節でトリアーをドイツ最高のワインの都市(gens Teutonica nil potat melius)として讃えた後、ヴィーナスをもって赤ワインを讃えrosam rosario dari pre ceteris、バラとワインと人生の喜びを歌い上げている。
 

Iovis in solio
coramque superis
fuit iudicio
conclusum Veneris
rosam rosario
dari pre ceteris.
  per dulzor!
Her wirt, tragent her nu win,
vrolich suln wir bi dem sin.

ゼウスの玉座のその前で
いずれのワインが最高か
神々の衆議があった時
ヴィーナスが下した結論は
赤の中の赤が
いかなるものより優れていると。
   愉快ではないか!
おい旦那、ワインを持ってこい、
ワインを楽しく飲もうじゃないか

Quid est iocumdius
presigni facie:
rosam rosarius
decorat hodie,
unde vox letius
sonat letitie!
  per dulzor!
Her wirt, tragent her nu win,
vrolich suln wir bi dem sin.

これほどすてきなことはない
バラというバラが
今この時を彩るのは、
故に喜びの声よ
より声高に響け!
 愉快ではないか!
おい旦那、ワインを持ってこい、
ワインを楽しく飲もうじゃないか

(カルミナ・ブラーナ第204番4節・5節)

 


バラとワインの関わりは、トリスタンとイゾルデの説話のラストシーンにも見られる。
「そしてこの物語の語る所によれば、王はトリスタンの亡きがらの側に葡萄を植え、イゾルデの亡きがらの側にバラを
植えたという。そいのどちらも一緒に育ち、誰も何を持ってしても二つに分かつことは出来なかった」

ゲーテもまた葡萄とバラの神秘的な類似性について、開花の時期が同じことを通じて意味深に、そして情熱的に示唆している。

Wenn die Reben wieder blühen,

Ruhret sich der Wein im Fasse;

Wenn, die Rosen wieder glühen,

Weiss ich nicht, wie mir geschieht.

 (Johann Wolfgang Goethe, Nachgefühl)


葡萄が再び咲いたなら、
そのワインは樽の中に眠らん。
もし、あのバラがもう一度深紅の花を咲かせたら、
わからない、心の中で何が起こるか。



余談だが、トリアーの大聖堂の中庭には通称「1000年のバラ」と呼ばれているバラがある。本当は1000年も古くな
く、16世紀に植えられたものであるが、400年を越える樹齢に似合わず、こじんまりとした佇まいをしている。このバラに免じて、トリアーをワインとバラに縁の深い都市としてもよいかもしれない。

参考文献:Carl Fischer/ Hugo Kuhn, Carmina Burana. Die Lieder der Benediktbeurer Handschrift,
Zweisprachige Ausgabe (dtv weltliteratur, Duenndruck-Ausgabe 2063), München 1979.
Benedikt Konrad Vollmann (hrsg.), Carmina Burana (Bibliothek des Mittelalters Bd. 13), Frankfurt a.M., 1987.
 

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